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花と、濁る左目

さくらを見てきた。
きのう、風は、怒っているみたく吹き付けていて、
目を開けるのも、やっとの思いだったのだけれど、
見上げた先には、小さな花。
足早に。けれども確かめるように、
ふわふわと春をまとっていました。

鳥居のちかくの桜が見えるところで、
紙袋を破って敷物代わりにして、すわりました。
チューハイと、ケバブを囲んで。

ちっちゃなこども。微笑んでいるおかあさん。
たくさんのダンボールを忙しそうに運んでいるバイト君。
よっぱらいのちょっと恐そうな人も。
いろんなひとが、黄昏どきの宴に揺れている。
わたしたちも、アルコールに揺れていました。
彼女は、こころにある、いろいろな不安を話してくれた。
それでも、それに向かおうと必死で、うまくいかなくて、もがいている。
わたしは、そこにいて、ただ、話を聞いているだけしかできなかった。
ただ、彼女が楽しいと思えるものが、
ずっと、こころにあればいい、って。そういうふうに思っているだけでした。
その葛藤で出たこたえが、たとえ間違っていたとしても、
それでも、わたしは、彼女のことが、好きです。

そのあとは、ライブを、見にゆきました。
すこし遅れて着いたので、ちゃんと見たのは、オナ企画と、アム。
あああ、楽しかった。
ほんとう。
誰かの前で、表現をするひとは、
どうして、ここまで、自分をさらけ出せるんだろう? 
いつも、思います。

打ち上げで、すこし、オナ企画やアムのひとと話をすることができて、
それで、わかったことがあります。
ここで呑んでいる人たちは、
クタクタになってたり、変なことを言っていたりしているけど、
わたしにない、選んだことを貫く強さと、執着心と、孤独を抱えているんだ、ということ。

ものごとを突き詰めていくことは、
音楽にしろ、芝居にしろ、なんにしろ、いつも孤独がつきまとう。
そういうことは、なんとなく、知っている。
けれど、ほんとうのところ、わたしはなんにも知らない。
弘前劇場の芝居に感動して、
自分もそれがしたくて、とおいところから、青森にやってきたって、あるひとは言っていた。
ほんとうは、恥ずかしがり屋なんです、と、別のあるひとは言っていた。
きょう、失敗したーー、とも。
それでも、とても素敵に見える。
わたしには。
なんにもないもの。

ときに、わたし、生きている意味あるのかな?って思うことがあります。
なんか、暗いし、いまいち何したいかわからないし、
かわいくないし、人見知りだし、とにかく自信がない。
わがままでかっこよくしてたいのに、
新しい世界を知るのが、きっと恐い。
さらに、視力も悪い。コンタクトの左が、さっき、
どこかへ行ってしまいました。

どうしようもないです。

そういうときに聴く音楽は、
善し悪しうんぬんはよくわからなくても、ほんとにこころに残る。
芝居も映画もひとも。
きのうは、まさに、ドンピシャで。
残像と残響がまだ、この部屋にはあります。

うまれてくる思いをぶつけることを、
わたしもしたくなってきました。
明日から、旅に出ます。

京都へ。
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