LONG SONG FILM
だれかに なにかに
すがっていたい
そんなときって、意識のなかに埋没してわからないふうにして、
みんなのなかに きっとある。
じぶんの感覚とか、
目の前にあることとかを、
ていねいに研ぎ澄ましたり、
まっすぐ見たりできなくなってしまう。
まるで、いっきに古びてしまってうごけなくなった道具、みたい。
強がっているようで、じつはすっからかん。
あれ。わたし なにがすきで きらいだったんだっけ?
いつのまにか、どこまでもどこまでも来てしまったけど、
目はずっとくらんだまま、わたしいま、どこにいるんだっけ?
あれれ。
まわりは、思い出やら、プライドやらでごったがえしている。
このたび、川上弘美さんの『古道具 中野商店』を、
やーーーっと 読み終えました。
ひとが決める、ものの価値というのは、とってもあいまいで、
ひつよう というひとがいたり、
いらんよ というひとがいたり。
まったく、わからないことだらけ。
だけども。
ちょっと、みすぼらしくてさえないと思われていたものが、
ちがう時間と、場所と、ひとの手にわたることによって、
味わいになって、
あたらしく呼び戻され、またおおきく鼓動しはじめるのは、
このあいまいさがあるおかげなのだ。
淡々と。それとなく。くりかえしの日々。
中野商店を、ゆらゆらとめぐる。
あたらしい場所を探すために在る道具たちには、
よくかんがえてみると、
ドラマチックで、どでかいできごとが、ときどき起こっている。
そこで働くひとびとにもまた、ほんのりと。
おなじようだけど、やや、へんてこ。
しらずしらず、
失ったり、捨てたり、別れたり、くっついたり、ひろったりして。
わからない世界をもぐって
埋もれてしまいそうなギリギリのところをすすんで
決断をして ようやく見つけたもの。
言えなかったことば。
たしかな気持ち。
あいまいの裏側にきて、
やっぱりすきです、と言いたくなる。
読み終わったいま、
はっきりと。
どうしちゃったの、というくらい。
つくづく、それはもうほんとに。
ほんとーうに。スポーンと。
すがすがしいのです。
映画になったらいいのに。
せつじつな、きぼう。
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